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毎日更新を続けるぞ~!と思っています。


今「うつ」になった自分の事を振り返って見ると、

ずいぶん走ってきてたなって思います。

自分で言うのも変ですが、何をやるにも全力投球!(遊びも仕事も)

手を抜かなかった。だからこんな病気になっちゃったんだろうか?


今考えてみると、気を抜いたのは、4年間勤めた会社を辞めた後1年と

気を抜いたのではなく、うつになるきっかけになった、

自営業での仕事がなくなったとき2~3年位じゃないかと思います。

あっ、それと今と。でも今は、寝てばかりいるけれど、気は抜けていない。

やっぱり気持ちは全力投球しようとしている。

でも出来ないから、ジレンマ。


そう、そんなことを今日は書こうと思ったんじゃないんです。

遊びに全力投球していた頃の、今日は小中学生の頃。

こうやって、時々振り返ってみると、遊びも全力投球。

よくやったのが、野球(ソフトボールかな?)。

上は、ひとつ上の学年

下は5~6歳も下の子達を集めて、アパートが立ち並んでる間の庭で、三角ベースで

やっていました。

時々ボールが、ベランダに入り込んだり。でも大人は、

そんなこと見て見ぬ振りというか、「お~!よく遊んでるな~」って感じで

黙って、ぼくたちを見続けてくれました。そんなよき時代。


だいたい大分にいたのですが、父親の転勤も多く、結構引越しもしました。

小学校5年の時に佐伯市というところから、大分市に戻ってきた時の話。

昔の引越しは、タンスなど木枠で囲んで、完全装備で荷物を送っていました。

引越しが終わるとその木枠が残るんです。木は幅10センチ位で長さは1メートル以上

これの釘を引っこ抜いて、倉庫に眠っていた。

私ひらめきました。卓球台を作ろう!

10センチ幅の木を並べて、のこぎりで、板をそろえ、

釘を打ち土台も作って、2~3日で作ったと思います。

よくこんな立体的なものが出来たな~!って感じです。

でも安定性は悪く、がたがたしていました。


ピンポン玉だけ買ってもらって、ラケットもその木の切れ端。

そしてネットもないので、木のネット。

10センチ幅の板だし、小学生が作ったものですから、卓球台はでこぼこしています。

ピンポン玉が何処に行くかわからない。これも面白く、卓球を楽しみました。


昔は何でも作っちゃうんですね。

庭を掘り起こして、柔らかい土を積んで、棒高跳びを作った事もありました。

土はもちろん着地のクッションの代わり。 土が軟らかければ怪我なんてしません。

そうそう「背面跳び」などという飛び方はこの時代はありませんでした。

「背面跳び」では怪我しますよね。ww

昔は正面跳びとベリーロール(みんなわかるかな?)

着地は足と手だから、土が柔らかければ、怪我をしない。

やっぱり近くの子達を集めて、みんなで楽しんでいました。


こうやって一生懸命遊んでいたな~!


だから休憩しろってか? 「うつ」になって? 

うつは体はゆっくりさせても、心はゆっくりじゃないんですよね。

ゆっくりしなくっていいから、「うつ」が治る薬、誰か作っておくれ!

今の願いです。 


今日の空っ!



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う~ん。どんより。


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